春を感じながら無意識を感じる

 

私は"小雪"という名前だからなのか
雪がとても好きで、白い色もとても好きで、四季の中では冬が一番好きです。

 

そして、春生まれだからなのか
今時期の、温かさを感じられる春もとても好きです。

 

夏は苦手だけど、夏の夜の風の匂いは好きだし

 

夏から秋に移り変わるあの寂しい感じも好きで
秋のカラッカラの枯葉も好きです。

 

結局のところ、全部の季節が好きで(笑)
"好き"の感じ方はそれぞれ違うけど
私は四季をしっかりと感じられる(特に冬)北海道がとても好きです。

 

こんなふうに私は、北海道で32年間
当たり前のように四季を感じて生きてきたのですけど
こうやって季節を感じながら過ごすことって
「意識」と「無意識」が分かりやすく入り混じってるなってふと思いました。

 

 

季節が移り変わる時、私たちはとても季節を意識します。
今時期なんかがとても分かりやすいですね。

 

今年もいつの間にか3月に入り
雪が解け、緑が増えてきたり、自然たちが少しずつ春の準備を始めると
私たちは「あっ、春だ〜」って春を意識するけど
いざ春を迎えて、私たちが春の中に入ってしまうと
それが当たり前になり、私たちは春を意識しなくなります。

 

最初の頃は
温かい風を感じるたびに「春だな〜」と思い
綺麗な花を見つけるたびに「春だな〜」って気づくけど

 

春に慣れて、春の中に入り込んでしまうと
温かい風を感じて「あ〜気持ち良い」と思ったり
綺麗な花を見つけて「綺麗だな〜」とは思うかもしれないけど
いちいち事あるごとに「あっ、春だ〜」とは思わなくなりますよね。

 

そうやって過ごしていると
いつの間にか、夏の入り口が見えてきて
その時に、夏の始まりと同時に春の終わりを感じて
今度は「夏だーーー」と夏を意識して。
そうなると、もうすっかり春のことは考えなくなってしまいますね。
"春という季節に気づいていた"という事を忘れてしまうんです。

 

きっとほとんどの方が
こんな風に四季を感じているのかな、と思うのですが
このあたり前の流れは、先ほどもお話したように
私たちの「意識」と「無意識」そのものだなって思うんです。

 

春の始まりには、春を意識していたのに
時間が経って春に慣れ親しんで来ると、春を意識しなくなります。
これはつまり、"無意識に春の中にいる"という事になります。

 

春の中に浸かることは、全然悪いことではないけど
これは「意識」と「無意識」で例えるなら
"無意識の中にどっぷり浸かっている"という事になるのです。

 

 

例えばあなたは
一ヶ月前、半年前、一年前に気づいた事を今でも意識していますか?

 

「私にはこういう思い込みがあったんだ」
「これは私の口癖だったんだ」
「これは今の私には必要のない感情だったんだ」

 

こんな風に、自分の心の中にあった何かに気づいて意識していたのに
いつの間にか、その気づきを忘れて無意識に過ごしてしまっていませんか。

 

 

春の間中、春をずっと意識し続けることは少し難しく感じるかもしれません。
だけど、だからと言って春を意識し続ける事が不可能なわけではなくて
ただ、私たちが春を意識していないだけなのです。

 

春の間中、春を意識しようと決めてしまえば
それは出来てしまうのですよね。

 

そうやって、自分の心の中に入っていって
自分の無意識に気づいていければ、私たちは変わっていけるのです。

 

なんども春を意識したとしても、いつの間にか無意識に過ごしてしまうかもしれない。
だけど今度は、無意識に過ごしてしまっていたことに気づく事ができれば
そうすればまた春を意識できるようになります。

 

そんな事を感じて、自分に言い聞かせながら
私は今日もせっせと気づきを意識しています。

 

 

(去年撮った、お気に入りの公園の桜の写真。)

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