ありのままを感じること

 

 

ここ最近、ある事に関する無意識を
1日に何度も何度も意識に上げているのですけど
せっかく意識に上げたその無意識を
しっかりと受け入れられてると思っていたのに
どうやら受け入れられていなかったようで…。
そのことに昨日気が付いて、ハッとしました。

 

一番大切な「ありのままを受け入れる」という事を
無意識に避けてしまっていたようです。

 

その事に気がついて
しっかりとありのままを受け止めようと決めて
昨日、一番大きな反応を感じる事に対して
心と身体、私の全てでその反応を受け入れてみたのですが
そうしたら、その反応の重さに胸が重くなり、
こんな感覚を味わうぐらいなら
味わう前に避けてしまった方が気持ち的にはラクだったんだろうって
ありのままの感覚を受け入れられなかった昨日までの自分の気持ちが理解できて
そして改めて、その反応ごと全て受け入れらました。

 

ありのままを受け入れるって、自分では出来ているつもりでも
無意識に気持ちが逸れていってしまう事って結構あるなって思うんです。
(最近はだいぶ減って来ましたが)

 

例えば、気持ちが不快になるような大きな反応なら
その気持ちごと丸っと受け入れてしまうよりは
不快な気持ちから避けてしまった方が気持はラクになりますよね。
そうなると頭では受け入れているつもりでも
無意識に心は避けてしまう事も多いのかなって思うんです。
ポジティブ思考の方なら尚更。

 

そして、不快な気持ちを避けた事で良い気持ちになってしまうと
不快な気持ちを避けた事に気付きにくくなってしまうんですね。

 

なぜなら、私たちは、不快な気持ちの時には
自分の心に何か問題があるって認識するけど
心地よい気持ちの時って
自分の心を疑う事ってほとんどないからです。

 

なので、不快な気持ちごと一緒に
ありのままを受け止めるという事を避けて
気持ちがラクな方へ行ってしまうと
ありのままを受け入れなかった事に気付けなくなってしまう。

 

 

ありのままを受け入れるという事は
ただ、そのままの事実を受け入れるという事で
不快な気持ちごと受け入れるという事になります。
そうなると、一見辛いように見えるかもしれないけど
ありのままを受け入れてみると
不快な気持ちを客観的に感じられるようになるので
そっちの方が楽になれることの方が多いのですけどね。

 

とかなんとか言いながら
私も今回はその罠にハマってしまっていたのですが…

 

今回のことを通してとても強く思った事は
「ありのままを受け入れる」という事は
感覚的なことでもあるんだなって事です。
心で理解することももちろんですけど
感覚を感じることも大切なんだなって。

 

私の場合は、ありのままを受け入れることの
『感覚を感じること』が出来てなかったんです。

 

2年ほど前だったかな。
ありのままを捉えられるようなワークに出会って
それから私は、捉え方の視点が変わりました。

 

そのお話も、いつか出来たら良いなって思います^^*

 

 

 

いつものお散歩コース。今年はもう積もらないだろうな。

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