恐れの中にあるもの

 

前回の記事でコミュニケーションのお話の続き(のようなもの)です。

(前回の記事はこちら)

 

実は年末に、ある方に2020年の私についてお話を聞いていたのですが
その方曰く、どうやら私の2020年のキーワードは"コミュニケーション能力の向上" で

人との関わりを通して成長を意識する1年になる、とのことだったのですけど
その事を、先月のアーリートラウマのスクールを通して早くも感じておりました。

 

人との関わり合いの中から自然と湧き上がってくるたくさんの反応に
意識を向けることももちろん大切ですが

だけどそれだけではなんだか物足りないな、と感じたので
今まで「繋がりたい」と思っていても避けてきたことにもチャレンジしてみる事にしました。

 

「繋がりたい人と繋がる」

私はいつもこの事を、勝手に(無意識に)恐れていたんです。

 

あの方と(心で)繋がりたいと願うと
でもきっと繋がれないだろうと無意識に判断をし
自分から行動を起こしたのに、相手と繋がれない現実に直面したくないから
繋がろうとする前に、繋がれないような状況を自ら創り出していました。

 

それは、幼少期に両親と繋がりたくても繋がれなかった、という想いが無意識の中で傷となって残り
その傷が私の世界に投影され続けていたのです。

なので、他者との繋がりを早い段階で諦めたり、繋がる事を拒んでいたりしたのです。

 

でも、もうやめよう。
繋がりたい人と繋がる事を許可をしよう。

結果的に繋がれない事もあるかもしれないけど

問題なのは、繋がりたい気持ちを素直に表現して良いと、自分に許可を出すこと。

 

そう思って、何度かお会いして以来
連絡をさせて頂くことに躊躇していた方にメッセージをさせて頂いたのと

全く会ったことはないけれど、
アリートラウマのスクールで先輩にあたる方にメッセージをさせて頂いて

自分の中にある「繋がりたい」気持ちを素直に行動に移してみました。

 

そうしたら、メッセージを送らせて頂いて返信を頂くまでに
私の中から本当にたくさんの反応が上がってきました。

 

その中でも1番大きかったと感じた反応が
「私のことなんてどうでも良いのかな」という反応。

 

これが先ほどお話した、幼少期に
両親に構ってもらえなくて「繋がり」を感じられなかった傷が
今の現実に投影されている、という事なのです。

つまり当時の私は
両親とコミュニケーションを取れなかった現実に直面するたびに(繋がりを感じられない時に)

「お父さんとお母さんは私のことをどうでも良いと思っているんだ」と感じてきたのです。

そしてその想いが、今もなお、形を変えて現実に投影されている。

だから、私が望む「繋がり」を誰かと感じられなかった時に
「この人はわたしの事をどうでも良いと思っているんだ」と反応してきたのです。

こうして幼少期の傷は、パターン化して、とても無意識に現実世界に投影されていくのです。

 

 

「繋がりたいけど繋がれない」

この現実からシフトすると決めて行動してみて

 

「繋がりたい気持ちを相手に伝えてみる」

これを行動に移す。

 

それが出来たあとは、今度は私が意識的になる必要があります。

 

私の心が開いているのか。

気持ちを伝えたあと
相手からの気持ちをちゃんと心を開いて受け取れているのか。

 

現実を変えていく鍵は、全てわたしの中にあるのだから
私が繋がることに意識的に心を開く事をする必要があります。

 

結構それが大変だったりすんですけど、でもなんだろう。
なんか今、凄く楽しいんです。

心って楽しいな、気づきって素敵だな。
そんな事を思って、胸の奥にある心地よさと、ほんの少しの高揚感を感じています。

 

最近の私は、心の勉強も瞑想の事も
「楽しい」というよりは、
「なぜかやめられない」と言う感覚だったのですけど

たまにこうして「楽しい」が感じられる時があって、その瞬間は本当に満たされます。

 

新年早々、繋がり(コミュニケーション)のワークで
色々な反応が出て、そして色々な事が繋がって

そして自ら、繋がりを求めて行動してみて思うことは
改めて、反応に意識を置くことは素晴らしいなということ。

 

反応というのは、分かりやすいところで言うと
怒りや悲しみや不快感、モヤモヤなどのこと。(喜びや満足感なども然り)

 

例えば、怒りは怒りではなく
心の奥深くに沈んでいる何かが反応として現れている事が多いのですが
この前提を理解している方達と成り立つ関係性は、かなり成長を深める事ができます。

怒りはただの反応で、怒りを感じている自分が悪いわけでもなく、怒りを与えた相手が悪いわけでもない。
ただ、相手が自分に反応していたり、自分が相手に反応したり、抑圧してきた怒りが反応として現れただけ。

 

少しずつ心の事が理解できるようになると、
「心の反応」は本当に素敵なものだと知る事ができます。
もちろん苦しいことも多いですけど、それも含めてとても素敵な経験。

あなたにもぜひ、この感覚を味わってみて欲しいです。

 

 


近所の散歩コース。

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